私は, 神経科学分野での研究キャリアを志望している, 2021年3月に日本の医学部を卒業したばかりの人間です.現在某大学病院で初期研修医として働いていますが, 今夏より初期研修を中断し米国の研究室でResearch Associateとして働くことになりました.1, 2年ほど取り組み, 博士課程へ進むことを希望しています.研究者としてへっぽこの自分でもお給料をいただきながら経験を積ませてもらえるのは本当にありがたいことです.外国にいる外国人の私でもこのような機会を得ることができたので日本の学部生や卒業後研究キャリアに興味がある方にも進路の選択肢としてもっと知られてほしいですし, この一連の経験がどこかの誰かの役に立つことがあればと思い, 応募からオファーをいただくまでの過程を日本語ブログ記事として書くことにしました.

背景

医学部在学中にひょんなことから神経科学/精神医学にはまり, 卒後は医師として初期研修へ進むのではなく, 米国の博士課程に進んで研究者としてのキャリアを目指したいと思うようになりました.そして6年生の秋, 国家試験の勉強そっちのけで出願書類作成に勤しみましたが残念ながらたったの1校からもオファーをもらえず…3月中旬になんとかギリギリで医師国家試験に合格したものの, 医学生の就活であるマッチングに参加していなかったので就職先もなく, このままだと来月から無職だ困ったなぁ…という状態になりました.そんな時, 国家試験に落ちた内定者の枠を埋める3次募集で母校の大学病院に初期研修医として拾っていただけることになりました.大変感謝です.そんなこんなで4月から晴れて社会人となり, 病院で初期研修医として働きながら研究ポジションを探していました.

Research Associateとは

大学やラボによって細かい呼び方はまちまちだと思いますが, 要はPh.D.(or M.D.)コースに進む前に数年間研究経験を積むためのポジションです.米国の特に生物系の博士課程は4年間の学部の後, 修士課程はせずに直接博士課程に入るのが一般的になっていますが, 学部の4年間に高い学業成績だけでなく十分な研究経験と強い推薦状を書いてくれる3人以上との人間関係を得てストレートで博士課程に合格する人は一部で, 卒後1, 2年Research Associateなどとして働き, 研究経験を積んでから博士課程へ進むのも一般的です.これには, 研究経験+推薦状を得て博士課程への合格率を上げるという側面ももちろんありますが, 博士課程で5〜7年間ある特定の分野の研究に心臓を捧げる前に, 本当にその覚悟が自分にあるのか, 研究そのものやその分野のことが本当に好きなのか見極める期間にも使うことができると言えます.

申し込み方法

方法1. ラボに直接申し込む

これが一番よくある方法だと思われます.これらの研究ポジションは, 各ラボのPI(Principal Investigator: 主宰者)が自身の研究費で雇うものなので, そのラボに直接申し込み, 仕事をもらうというわけです.多くの場合は各ラボのホームページや該当分野のニュースレターなどで募集がでていますが, 最近は研究界隈でTwitterが流行っていることもあり, うちで経験を積みたいResearch Associateを募集しています.〇〇の経験がある人は特に歓迎します.興味がある人はCVとResearch Statement, 3人の推薦者の連絡先を送ってね.」みたいなツイートもちょくちょく目にします.気になる研究者のアカウントをフォローしておくと様々な情報が得られるのでおすすめです.

方法2. プログラムに申し込む

これはここ5年程ででてきた選択肢だと思いますが, 大学や研究所が運営するプログラムに申し込むという手があります.これは最終的にはお世話になるラボのPIにOKをもらい, 雇ってもらうという点は1と一緒ですが, プログラムによってセミナーや大学院出願サポート等の特典があったりします.実は今回私がオファーをもらえた2つはいずれもこのようなプログラムを通じての応募からでした.大学院と異なり, 出願料はかかりません

次の段落からは私が申し込んだNew York University(NYU)とMax Planck Florida Institute for Neuroscience(MPFI)それぞれのプログラムの選考過程をまとめます.

NYUの選考過程

プログラムのホームページ

プログラムの内容や申込方法の詳細はリンク先を読んでいただければと思うので, ここでは同ホームページに書いておらず実際に経験してわかったことを中心に書くことにします.締切は3月31日で, 主にCV, Statement of Purpose, 2枚の推薦状が必要でした.

CV

CVは簡単に言えば履歴書のことですが, コンビニに売ってるやつみたいな決まったフォーマットはなく, これまでの教育・学位, 研究経験・職業経験, 受賞歴などをまとめます.文量としては, この手のアカデミックプログラムに出す場合はレターサイズのA4サイズ1, 2枚が相場のようです.細かいtipsとしては, できるだけ全て能動体で書く, 研究経験を説明する箇条書きの1行目はリサーチクエスチョンと手法を明確に書き, その下に詳細を続けるなどいろいろあると思いますが, 今回は割愛させていただきます.早めに作り, いわゆるグローバルスタンダードに慣れた友人や先生に繰り返し添削してもらうのがベストでしょう.私の場合, 去年秋の大学院出願時にはこの辺の作り込みが全然間に合わずグチャグチャの状態で提出してしまいました.そりゃ落ちますよね… 今回の応募に際しては, しっかりと友人に添削してもらい, 提出することができました.

Statement of Purpose

いわゆるエッセイです.志望理由を簡潔かつ論理的に, そして情熱をもって伝えます.

  1. 出だしの段落
  2. 将来自分はこうなりたくてこれまでこのようなことに取り組んできた
  3. しかし, な能力がまだ必要なのである.その目標達成にこのプログラムはピッタリだ.なぜなら〜.
  4. 特に〇〇先生のラボで働きたい.その理由は〜
  5. まとめの段落.最後に気の利いた意気込みを一言

あくまで1例ですが, 上記みたいな構成が書きやすいのでないかと思われます.これも繰り返し文章を磨く作業が必要なので, 多少荒削りでも第1稿早めに仕上げて誰かに添削をお願いするのが吉です.私は, 大学院出願時のものを参考に改めて書き直しました.さらに友人からのアドバイスで, 冒頭部分に何故M.D.だけど, 学部卒向けのプログラムに申し込むのかという理由を明確に書きました.日本では高校卒業後に学部生として医学部へ進学しますが, 米国では学部卒業後にメディカルスクールへ行きM.D.をとるので, あんたもうDoctorate degree持ってるからうちのプログラムの対象じゃないよ.」と思われるのを避けるためでした.

推薦状

大学院出願時は最低3通が必要ですが, 今回は2枚でOKでした.私は自大学でお世話になった研究室の先生(日本人)と学部時代に研究インターンさせてもらったボストンの先生(米国人)の2人に書いていただきました.推薦状はいわゆる学長みたいな偉い人に頼めばよいというものではなく, 共同研究や研究指導等を通じて自分のことをよく知ってくれていて, 自分が何に取り組みどんな成果をあげたのか・どういう魅力がある人材なのかを詳細にベタ褒め口調で書いてくれる方にお願いするべきです.一からお願いするときは締切の少なくとも2ヶ月前にお伺いを立てるべきと言われています.直前に頼むと, 断られるだけでなく, その方からの信頼を失います.推薦状は推薦者も自分の業界への信頼をかけて書くものなので, 本当に心から推薦したいと思う人以外書いてくれない, または書いてくれても, あまり内容がよくない, ということになり得ます.推薦者の連絡先を入力すると提出用リンクがそれぞれに届く仕組みになっているので, 申請者本人は内容を読むことができない仕組みになっています.これは大学院申請でも同じです.

面接

申し込んでから約2週間後, 朝目覚めると1通のメールがきていました.

「私の名前は〇〇です.私のラボは〜〜〜〜の研究をしています.君のCVを見て, もしうちで研究することに興味があればぜひ一度オンラインミーティングをしたいと思い連絡しました.」

実は連絡をくれたのはエッセイで名前を挙げたラボとは別のラボのPIで, 尚且つプログラムの参加ラボリストになかったところだったのでノーマークでした.ラボのウェブサイトを見てみるとテーマや手法も自分の興味とマッチしており, ぜひお願いしますと返信し早速翌週にZoom面接をしてもらいました.

PIとの面接 - 1回目

面接は「将来どうなりたい?うちで研究するとしたらその後のキャリアパスはどう考えてる?」「CVで見た君のこれまでの研究経験は素晴らしいと思ったけど, 具体的にどんなことをしたのか教えてもらえる?」「君の数理的なバックグラウンドを詳しく教えて」という質問に始まり, その後ラボが今取り組んでいること, チームに加わるとしたらどのようなことができるかについてPIが詳しく説明してくれました.一応ラボの最新の論文数報を読んでいたので, 用意していた質問とその場で思いついた質問をいくつかしました.最後の方には「今covidのおかげでと言ってはよくないかもしれないけど, 家賃が下がってるからニューヨークに引っ越すには最高のタイミングだよ.」等々, 採用を前向きに考えてくれていそうな言葉をいただき, 野球について雑談もしながら約1時間半ほど続いた面接が終わりました.動物とヒト両方に取り組んでいるラボなので, ヒトの研究については〇〇に聞いたらいいよ, ということでポスドクの1人と面談を設定してもらうことになりました.

ポスドクとの面接

例にならって自分がこれまでの研究経験を踏まえて自己紹介をした後, ポスドクの方が丁寧に投稿前の最新論文についてFigureを交えながらプレゼンテーションしてくれました.さらに, ボスの指導スタイルについて質問したところ, 良いところも悪いところも包み隠さず教えてくれました.さらに, ぜひ君のポジションで働いたラボの卒業生にこっそり話を聞いた方がいいよと前メンバーの連絡先をくれました.

このミーティングの翌日, PIから「僕も〇〇(ポスドク)も君との面接を楽しんだよ.ぜひ来週また話そう.」と連絡が来ました.

ラボの卒業生との面接 非公式

詳細は省きますが, 同ラボで酸いも甘いも経験した人の話が聞けてとてもよかったです.PIに言わず連絡を取るのは若干気が引けましたが, PIもこの間私の推薦者の1人に連絡をとってZoomであれこれ私のことを調査していたことがわかったのでおあいこでしょう笑.

PIとの面接 - 2回目

このミーティングは30分ほどで終わり, 自分がメインで取り組むことになるであろうプロジェクトの共同研究者と面談設定するねというのが主な内容でした.NYUのラボが実験屋で, 共同研究先のラボが数理モデリングやシミュレーションを行う理論屋というわけです.

共同研究者との面接

自分が一通り自己紹介を終えた後, 自分が取り組むことになるであろうプロジェクトについてより詳しい説明を受けました.突然「趣味はなに?」と聞かれたので, 音楽が好きでたまに家で宅録などしてます.」と言ったところ, じゃあオーディオインターフェースやプリアンプの使い方はわかるね?」と言われといわれ, 一応わかってるつもりです.」と応えると, じゃあ今すぐにでも実験できるね!このプロジェクトでバリバリ使うから.ちなみにどの機種持ってる?」と話が盛り上がり, しまいには機材談議が始まりました.どこで何がつながるか本当にわかりません笑.

この面談の数日後, PIより「自分も〇〇(ポスドク)も〇〇(共同研究者)も君との面談を楽しんだよ.君にオファーを出そうと思う.」とメールをいただきました.

MPFIの選考過程

プログラムのホームページ

書類審査

CV, Research Statement, Cover Letter, 推薦状2通が必要でした.CVはNYUと同じものを提出.Research Statementは1000 words(大体A4 2ページ分)でNYUより文量があり, また志望動機などはCover Letterでも述べることができたので, 自分の研究内容をより詳しく語りました.Cover Letterは「Dear Selection Committee」で始まる手紙フォーマットで自分の志望理由を簡潔に説明するものです.

推薦状提出には落とし穴があり, なんと, 上記の書類を全て提出した後でないと推薦者に提出リンクが届かない仕様になっており, プログラムマネジャーにメールで確認したところ, 推薦状の締切も含めて4月1日とのことでした.大学院出願ではどのタイミングでも推薦状提出リンクを送ることができたのでこれは本当に予想外でした.3月下旬は病院での採用面接・手続きに追われ(言い訳多くてすみません), ギリギリのスケジュールで申請書類を書いていたので, 結果的に推薦者の2人にも締切り直前の短い期間で推薦状の提出をしてもらうことになりました.この仕様に気がついた瞬間2人にも事情を説明して優しく承諾していただいたものの, 深く反省しています.

また余談ですが, 実はMPFIでの第一志望ラボのPIには予め連絡をとっていました.3月中旬にメールを送り, このプログラムを通してあなたのラボで働くことに興味があるのですが, 今年誰かを採る予定はありますか?」と質問し, メールありがとう.採る可能性はあるよ.自分の最新のプリプリントを送るね.これに関連したプロジェクトをやってもらう可能性があるので.」と返信をいただいていました.

書類提出締切の約2週間半後, プログラムマネジャーより「おめでとう!書類審査を通過したので次は私とMPFIの副人事部長との面接を受けてもらいます.下のリンクから日程調整をお願いします.」との連絡が届きました.

プログラムマネジャーと副人事部長との面接

2対1でのZoom面接でした.プログラムの概要の説明があった後, 君はうちのプログラムに申し込んでくれた唯一のM.D.だけど, 申し込んだ理由を聞かせてもらえる?」「これからのキャリアパスはどう考えてる?」「〇〇ラボに興味があるみたいだけどその理由は?」等の質問がありました.ここまではある程度予想通りでした.完全に意表を突かれたのは「それでは問題です.5 mol/Lの水酸化ナトリウム水溶液を作るために, 1Lの水に何gの水酸化ナトリウムを入れればよいでしょうか.ちなみに水酸化ナトリウムの分子量は40です.」という質問でした.高校化学なんて何年ぶりだい!と思いながらもなんとか答えることができました.

最終選考 - 各PIとの面接

上記面接の数日後, おめでとう!あなたは最終選考に進みました.これからの数日間で各PIから連絡があると思うので面接を受けてください.その後5月14日までに面接を受けたラボの中から自分の行きたいラボを順位づけして送ってください.」とのメールがきました.

その翌日, 以前メールでやりとりをさせていただいた第一志望ラボのPIから「君が最終選考に残ったと聞いたよ.おめでとう.ぜひミーティング設定しましょう.その前にうちの大学院生と話したいですか?もしよろしければ面談を設定しますよ.」とメールをいただき, まず大学院生とお話しすることになりました.

第一志望ラボの大学院生との面接

大学院生はとても話しやすい人で, PIの指導スタイルなどについて尋ねると, 知識豊富・発想が豊かで本当に頭の良い人, そしてとてもフレキシブルで自分たちのことを考えてくれるとベタ褒めでした.その後は研究プロジェクトやフロリダ・ジュピター(研究所のある町の名前)での暮らしについて話を聞いたりしました.

第一志望ラボPIとの面接

数日前に大学院生からきいていた通り, フレンドリーで物腰柔らかくとても話しやすい方でした.自分がこれまでの研究経験を踏まえて自己紹介をした後, 先生の方から主にラボで走っている研究プロジェクト, これからやろうとしていること, 今のラボメンバーについてなどお話をいただきました.実は, この方は日本人で, 日本にいながら自分のラボやこのプログラムのことをどうやって知ったの?」などの話題も出ながらとても良い雰囲気で会話をさせていただきました.日本人同士でしたが, これまでのメールのやりとりや面接も全て英語で行いました.「仕事のやりとりは全部英語でするようにしてる.その方がラボメンバーにとってもフェアだしね.英語でメールをくれた日本人は君が初めてだよ.」と仰っていました.実はメールを送る際, 言語について迷いましたが, プログラムの公用語は英語だからという理由で英語で書いたのでした.その点については良い印象を持っていただけたことがわかり安心しました.他にどこかアプライしてるかも尋ねられたので, NYUのラボと面接中であることを伝えました.面接の最後には「君にはオファーを出すよ」と言っていただきました.

もう一つラボPIとの面接

最終選考に残った際, もう一つのラボのPIから「あなたの申請書類を見て良いと思いました.〇〇ラボ(第一志望ラボ)に主に興味があることは知っていますが, よかったら面接しませんか.」とメールをいただいていました.実はMPFIのホームページを見た際このラボにも興味を持ったのですが, エッセイで興味散漫な印象を与えるのを避けるため本命ラボ一つに絞って書いたため, エッセイ中にこのラボについては触れることができなかったのでした.そんな経緯もあり, 研究の興味が似ていることに気づき連絡をいただけてとても嬉しかったです.このラボのPIとも正味1時間ほど面接をしていただきました.

志望ラボ順位の提出と最終オファー

約1週間でMPFIの3方との面接を終えた後, 最終的な志望ラボを順位づけして提出, その3日後に見事本命ラボにマッチングしたとの連絡をもらいました.

まとめ・THM

Take Home Messageとしては以下のとおりです.

  • お給料をいただきながら研究経験を積むという選択肢があるよ!
  • ラボに直接申し込むのもよし, 最近はプログラムベースのものもあるよ
  • 必要書類の準備は早めに
  • 面接ではこれまでの自分の経験をしっかり語れるように
  • PIだけじゃなくて同僚になるメンバーや過去のメンバーに話を聞くのも大事

長くなりましたが, 根気強く最後まで読んでくれた方, 本当にありがとうございました.なるべく応募プロセスの全体像を伝えたいと思い, 詳細はかなり省いてしまいましたが, それはまた別の機会で.どこかの誰かの進路決めなどに少しでも役立つようなことがあれば嬉しいです.質問やコメントは, 下のコメント欄やtwitter, メールにて気軽に送っていただけたらとても喜びます.

追記: NYUとMPFI両方のラボから内定をいただき, どちらも本当に素晴らしい選択肢という贅沢な状態で悩みに悩んだ末, 今回はNYUの方のラボにお世話になることにしました.この選択が正しかったと後で思えるようがんばろうと思います.